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東京地方裁判所 昭和61年(ワ)8604号 判決

原告 遠藤新一

右訴訟代理人弁護士 佐藤光将

被告 古河電気工業株式会社

右代表者代表取締役 日下部悦二

右訴訟代理人弁護士 池田正利

右訴訟復代理人弁護士 山崎郁雄

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、被告の株主名簿を閲覧及び謄写させよ。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同趣旨

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  被告は、株式会社であり、原告は、その株主である。

2  原告は、昭和六一年六月一九日、被告に対し被告の株主名簿の閲覧及び謄写を求めたが、被告は、これを拒否した。

3  よって、原告は、被告の株主として、被告に対し、原告に株主名簿の閲覧及び謄写をさせることを求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因第1項及び第2項の事実は認める。

2  同第3項は争う。

三  抗弁

1  商法第二六三条の立法趣旨は、株式会社の株主に対し株主名簿の閲覧・謄写権を付与し、それによって株主としての権利利益の保護を全うさせることにある。したがって、その立法趣旨を逸脱し、株主としての権利利益と関係のない事項のために、この権利を行使する場合には、権利の濫用に当たるというべきである。

2  原告の本件閲覧・謄写請求は、被告の株主名簿の謄本を入手して株主に関する氏名、住所等の情報を訴外株式会社名簿図書館(以下「名簿図書館」という。)その他の名簿業者に譲渡し、又は自己の行う広告事業のために顧客名簿を作成すること等被告の株主としての権利利益の保護とは関係のない事項のために被告の株主名簿の謄本を利用することを目的とするものであって、原告の本件閲覧・謄写権の行使は、前項に記載したところの法が株主に対して閲覧・謄写権を付与した趣旨に反し、権利の濫用に当たるので、許さるべきではない。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁第1項は争う。

2  同第2項の事実は否認する。

株主に与えられている株主名簿の閲覧・謄写権には、その根拠規定である商法第二六三条によっても、また、その他の規定によっても、その行使について何ら制限や条件は付されていないのであるから、株主は、閲覧・謄写の理由とは関係なく、自由にその権利を行使することができるというべきである。

なお、原告は、少数株主権を行使するために必要な株式数を確保するため、すなわち、他の株主に株主権の共同行使を勧誘するために被告の株主名簿の閲覧・謄写を求めたものであって、原告の閲覧・謄写権の行使は、決して権利の濫用に当たるものではない。原告は、被告が本件訴訟において主張するまで、名簿図書館の存在は知らなかったし、まして、名簿図書館に株主名簿の閲覧・謄写によって得た情報を提供したことなどはない。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求の原因第1項及び第2項の事実は、当事者間に争いがない。

二  そこで、抗弁につき判断する。

1  商法第二六三条第二項は、株式会社の株主及び債権者に株主名簿の閲覧・謄写権を付与しているが、同条がこれらの者にそのような権利を与えたのは、これらの者が株主の氏名、住所、持株数その他の法定事項を記載した株主名簿を自由に閲覧・謄写することができるようにし、それによって、これらの者がそれぞれ株主又は債権者として有する権利を確保し又は行使することを容易ならしめるためであると考えられる。したがって、株主又は債権者が株主又は債権者として有する権利を確保し又は行使するという目的ではなく、他の目的のために株主名簿の閲覧・謄写を求めている場合等正当な目的を有しないで株主名簿の閲覧・謄写を求めている場合には、会社は、当該株主等の閲覧・謄写請求を拒むことができるというべきである。

そこで、以下、右のような観点から、被告が原告の本件閲覧・謄写請求を拒絶することができるか否かについて検討する。

2  《証拠省略》を総合すると、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(1)  原告は、昭和六〇年五月から、電話帳に掲載する広告の仲介、斡旋及びこれに付帯する一切の事業を目的とする株式会社太陽広告社の代表取締役であること。

(2)  原告は、株式会社日立製作所(以下「日立製作所」という。)、三菱商事株式会社(以下「三菱商事」という。)、花王株式会社(以下「花王」という。)その他のいわゆる一部上場会社十数社の株主であること。

(3)  原告は、昭和六〇年一月二五日、三菱商事に対し、「各人の株式を参考にするため」との目的を示した上、株主(一一〇〇株)として株主名簿の閲覧・謄写を請求し、同年二月一八日謄本作成実費三万五六二五円を支払った上、昭和五九年九月末日現在の全株主一覧表の謄本の交付を受けたこと。その後、まもなく同社に対して、株主から同社の株主名簿においてのみ使用している「何某常任代理人」という肩書が付されたダイレクトメールが郵送されてきたという連絡があったほか、同年五月から八月にかけて、株主から「三菱商事の株主名簿を見てという断り書きを付して商品取引の勧誘のダイレクトメールが舞い込んだ」というものなど、同社が株主名簿に記載されている個人株主に関する情報を不当に社外に出したという、それまでにはなかった種類の苦情の電話が数件集中してあったこと。同社は、昭和五四年一〇月以降昭和六一年一二月まで原告以外の第三者に株主名簿を閲覧・謄写させたことも、全株主一覧表の謄本を交付したこともないこと。

(4)  原告は、昭和六〇年二月ころ、日立製作所に対し、「少数株主権行使のため」という目的を示した上、株主(一〇〇〇株)として株主名簿の閲覧・謄写を請求し、手数料二五万円を支払った上、昭和五九年九月末日現在の株主一覧表(株主数二一〇万名以上)の謄本(ダンボール箱五、六個相当の量のもの)の交付を受けたこと。その後同社に対して、株主から、株主名簿の上で使用している幼児の名前で株式投資の勧誘のダイレクトメールが届いたとの苦情や株主名簿の上でのみ使用している住所にダイレクトメールが届いたという苦情など、同社が株主名簿に記載されている個人株主に関する情報を不当に社外に出したという、それまでにはなかった種類の抗議があったこと。同社では、昭和六一年一二月までの一〇年間、原告以外の者に株主名簿の閲覧・謄写をさせたことも、株主名簿又は株主一覧表の謄本を交付したこともないこと。

(5)  原告は、花王に対し、「少数株主権の行使のため」という目的を示した上、株主(一一〇〇株)として同社の株主名簿の閲覧・謄写を請求したが、同社に謄写を依頼した場合には約三五万円の費用が必要との説明を受けた結果、昭和六〇年一一月一二日から昭和六一年二月一日までの間に、補助者を使用し(実労働日数は四五日)、同社の昭和六〇年九月末日現在の株主名簿(約二万四〇〇〇名の名簿)の閲覧・謄写をしたこと。同社は、昭和六一年九月までの三年間、原告以外の者に株主名簿の閲覧・謄写をさせたことがないこと。

(6)  原告は、右の三社のほか、日本通運、日本航空、丸井等十数社に対して株主名簿の閲覧・謄写を請求し、応じなかった安田火災海上保険、鹿島建設、東京放送に対して閲覧・謄写の訴えを提起したこと。

(7)  原告は、これらの会社に対して閲覧・謄写の請求をした後、現在まで、実際にこれらの会社に対して少数株主権の行使をしたことはないこと。

(8)  名簿図書館は、各種の名簿を備え置き、これを有料で会員その他の者に閲覧・謄写させること等を業とする会社であること。名簿図書館を利用するものとしては、不動産会社、旅行代理店、証券会社などであり、特に通信販売を業とする会社からの需要が多いこと。遅くとも昭和六一年三月一五日までには、名簿図書館において、昭和六〇年一月現在の株主名簿によるとされる三菱商事、丸井の株主名簿の写し、同年三月現在の株主名簿によるとされる日立製作所、花王、日本通運、日本航空その他のいわゆる一部上場会社一三社の株主名簿又は株主一覧表の写しが備えられ、有料で閲覧・謄写等に供されていたこと。

(9)  被告は、昭和六一年三月三一日の時点で、発行済株式総数五億一六一一万三三六八株、株主数五万四三三六人の株式会社であり、原告は、同年六月一九日現在そのうちの一〇〇〇株を有する被告の株主であったこと。原告は、被告に対する株主名簿の閲覧・謄写の請求に際し、少数株主権の行使により被告の帳簿の閲覧謄写をするため、他の株主に帳簿の閲覧・謄写権の共同行使を勧誘するためである旨述べたこと。被告の株主名簿の全部を謄写するためには多大の費用と労力を要し、かつ、その費用を原告において負担しなければならないことから、被告において、原告に対し、謄写請求をする株主名簿の範囲を特定するよう求めたが原告は株主名簿の全部の謄写を求めて譲らなかったこと。

3  ところで、原告本人は、少数株主権の共同行使を勧誘するため、これまでに原告が実際に行ったことがあるのは、株主名簿上の個人株主約二六〇名に対し、電話による勧誘をしたことのみであり、勧誘のために書面の送付をしたことも、集会を持ったこともない旨供述している。そして、この供述は、原告が「少数株主権を行使するため」との目的を示して株主名簿の閲覧・謄写を求めた場合にも、電話による勧誘以外に少数株主権を行使するための努力をしなかったという点においては、これを措信することができる。しかし、原告が株主名簿の閲覧・謄写を求めた各会社は、いわゆる一部上場会社であって、一〇〇〇株程度の株式しか有しない原告が、当該会社の発行済株式の一〇分の一(商法第二九三条の六)、一〇〇分の三(同法第二三七条、第二五七条)、一〇〇分の一(同法第二三七条の二)といった株式数になるまで、少数株主権の共同行使者を集めるには、相当数の株主に対して少数株主権を行使すべき理由を付した書面を送付し、あるいは多くの株主を集めて説明会を持つなどして賛同者を集めることが不可欠であることは明らかであるから、原告が真に少数株主権の共同行使を意図していたとすれば、多額の費用を負担して株主名簿の謄本を入手しながら、面識もないであろう他の株主に電話により少数株主権の共同行使を勧誘するといった方法のみしか講じないとは到底考えられない。したがって、原告の供述中「約二六〇人の株主に電話による勧誘を行った」という部分は、たやすく措信することができない。そうすると、原告は、少数株主権の共同行使の勧誘を理由として株主名簿の閲覧・謄写をしながら、何ら実効性のある勧誘行為を行ったことがないことになる。

4  そして、第2項(2)ないし(8)の事実に、前項において判示したところの原告が過去における株主名簿の閲覧・謄写権の行使後、少数株主権の行使のために実効性のある勧誘行為を行ったことがないこととを併せ考えると、少なくとも花王、日立製作所及び三菱商事については、原告において、これらの会社から入手した株主名簿又は株主一覧表の謄本から知ることができる株主に関する情報を、有償で、名簿図書館又はこれと関係のある者に提供したものと推認することができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

もっとも、原告本人は、本件訴訟の提起後に名簿図書館の存在を初めて知ったと供述し、《証拠省略》には、昭和六二年二月二一日に原告が本件訴訟に関連して名簿図書館を訪問するまで、原告と面談したことがない旨及び名簿図書館において保有している株主名簿を原告より入手した事実がない旨の記載がある。しかし、《証拠省略》によると、訴外田村武男は、遅くとも昭和六一年三月一五日の時点で、株主名簿に記載された個人情報を入手してこれを顧客に閲覧・謄写させることについては個人株主のプライバシーの保護という観点から、批判的な意見が多くなっていることを充分認識していたことが認められるので、そのような個人情報の提供を営業としている以上、営業政策上、その入手経路を秘匿することは充分に考えられるところであるから、原告以外の者から日立製作所、花王及び三菱商事の株主名簿又は株主一覧表の謄本を入手した経路が明らかにされていない以上、原告から依頼されて作成し、かつ、原告からの入手を否定するのみの《証拠省略》は採用することができないというべきである。

なお、《証拠省略》を総合すると、日立製作所、花王及び三菱商事の株主名簿の管理は、昭和五九年及び昭和六一年においても厳重に行われていたことが認められ、この事実と第2項(2)ないし(8)の事実、特に原告が謄写した後まもなく日立製作所及び三菱商事の株主にダイレクトメールが送付されていること、名簿図書館に備えられている名簿が原告において謄写した時期とほぼ同時期の株主名簿によるものであるとされていることを考慮すると、原告ではなく、これらの会社又はその名義書換代理人の従業員その他の関係者によって、株主名簿に記載されている情報が名簿図書館に提供されたものと見るのは相当ではない。

5  そこで、すすんで、原告の被告に対する株主名簿の閲覧・謄写請求の目的について判断するに、前示のように、被告は、昭和六一年三月三一日の時点で、発行済株式総数五億一六一一万三三六八株、株主数五万四三三六人の株式会社であり、原告は本件閲覧・謄写請求をした時点でそのうちの一〇〇〇株を有する株主に過ぎなかったのであるから、原告が、株主権の共同行使により、被告の会計帳簿の閲覧・謄写権を取得するには、商法第二九三条の六により発行済株式の一〇分の一に相当する五一六一万一三三七株、すなわち原告の有する株式の五万倍以上の株式(原告のような一〇〇〇株の株主を集めるとすれば五万人以上)を集める必要があるということになるが、前示のように、原告が少数株主権を行使するためとの目的を示して株主名簿の謄写をした過去の事例においては他の株主に対して特段の勧誘行為を行っておらず、また、十数社に対して株主名簿の閲覧・謄写を求めながら、少数株主権を行使した実例が全くないということからして、原告の本件閲覧・謄写請求が少数株主権である会計帳簿の閲覧・謄写権の共同行使を他の株主(原告本人は、法人株主ではなく「個人株主」を勧誘の対象として考えていると供述している。)に働きかけるためのものであると見るのは相当ではない。むしろ、原告が「少数株主権の共同行使の勧誘」といった閲覧・謄写請求の目的として首肯することができない目的を掲げ、かつ、多額の謄写費用を支払うことを覚悟して、株主名簿の全部につきその謄写を求めている事実と前示のように原告が閲覧・謄写権を行使して取得した花王、日立製作所及び三菱商事の株主名簿の謄本を用いて、これらの会社の株主に関する情報を名簿図書館又はこれと関係ある者に提供したものと認められることからして、原告の本件閲覧・謄写請求の目的は、これにより入手した被告の個人株主に関する情報を名簿図書館その他の者に有償で提供し、又は自己の営業に用いることにあると推認するのが相当であり、この認定を覆すに足りる証拠はない。

そうすると、原告は正当な目的を有しないで本件閲覧・謄写請求をしているというべきである。

三  よって、原告の請求は、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡久幸治)

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